イベルメクチンは〝魔法の薬〟か!?

【今回、出会った本】

『イベルメクチン――新型コロナ治療の救世主になり得るのか』

大村 智 編著 (河出新書)2021年11月

 一部にはすでに広く知られていることですが、イベルメクチン(ivermectin:マクロライド系抗生物質エバーメクチンの誘導体)はもともと寄生虫駆除薬としてすでに広く普及しながらも、COVID—19のじつに多くの症状にたいして驚くほどの治癒効果をもたらすことから、世界中で新たに注目されるようになった廉価な市販薬です。そして、このイベルメクチンをあまたある薬物群のなかでも特に際だたせている顕著な特徴は、その治癒効果のすそ野がきわめて広いにもかかわらず、それが何故にどのような理由でそれほどまでにCOVID-19の感染初期から進行後の症状ひいてはその後遺症にまで横断的な抑制効果を発揮できるのか、結局のところよく分からない(・・・・・)という、そのじつに大らかな異次元的性格にあります。

 私は薬学についてはまったくの門外漢ですが、長引くコロナ禍のなか、本当にこの薬がそんなにすごい効き目があるものなのかとても興味がわいて、自分でもいろいろ調べたりしていました。そんな私にとって、この『イベルメクチン――新型コロナ治療の救世主になり得るのか』は、うってつけの入門書でした。なにしろ編著者である大村智博士は、ノーベル賞も受賞された先生で、イベルメクチンのもとになる「エバーメクチン」という、放線菌がつくりだす化合物の発見者です。

(ここから引用)

 エバーメクチンは、私が静岡県伊東市川奈にゴルフに行った際、ゴルフ場近くで採取した土壌の中にあった放線菌が産生する化合物です。

 まず、1974年、私の研究所でその土壌の中から新しい放線菌が分離されました。その後、その放線菌は私たちが調べたさまざまなデータを付けてメルク社の研究所に送られ、種々の培養液で慎重な環境制御下で培養されました。すると、マウスに寄生した寄生性線虫に駆除効果があることが確認されました。

(第1章 古くて新しいイベルメクチン物語)

(引用ここまで)

 イベルメクチンは大村博士がアメリカのメルク社と共同開発した薬で、当初は家畜など動物用の抗寄生虫薬として世にでた薬剤でしたが、その後、ヒトの「河川盲目症(オンコセルカ症)」にも効き目のあることがわかり、さらにリンパ系フィラリア症や腸管糞線虫症にも効果のあることが認められて、世界中にその使用が広がっていきました。

 この薬のすごいところは、「1錠1ドル」と言われるように安上がりなことに加え、適応量の8倍を服用しても健康上なんの問題もないとても安全な薬であること、さらに病気によっては1年に1回飲むだけでその効果が持続するというきわめてロングスパンな薬であることなどでした。

 そんなイベルメクチンが、新型コロナウイルス感染症の世界的な流行のなかで、今度はその抗ウイルス薬として新たに注目を浴びるようになっていきます。

(ここから引用)

 新型コロナに対する効果については、試験管内のデータですが、オーストラリアのモナシュ大学のカリー博士やワグスタッフ博士のグループが「イベルメクチンが新型コロナウイルスの増殖を阻害する」ということを2020年4月に最初に発表しました。

 すると、新型コロナ対策に藁をも摑む状態であった世界の医師たち、特に中南米の医師たちがイベルメクチンを新型コロナに使い始めました。最初は観察研究ということだったようです。そして次々とその結果がツイッターなどソーシャルメディアを通じて拡散していき、イベルメクチンが新型コロナにも使えるという情報が広がりました。ただ、問題となったのは、イベルメクチンが犬や牛の薬としても売られていたので、それをそのまま飲む人が現れたことでした。それに対し米国食品医療薬品局(FDA)などが「これは動物薬だから使うな」というような警告を盛んに発出するようになりました。

 その後の観察研究、ランダム化比較試験などの臨床試験で、イベルメクチンが新型コロナに有効であるという論文が数多く発表されるようになりました。

 (同前)

(引用ここまで)

では、イベルメクチンは、どのような特性からそうした薬効が生じていると考えられるのでしょうか?実は、その内容をひとことで言いあらわすことはきわめて難しいのです。というのは、その作用機序に関する論文はたくさん書かれているものの、すべてそれらは仮説の域を出るものではなく、結論としてはよく分からない(・・・・・)ということだけが明示的に確認しうる結果になってしまっているからです。

ひとつには、イベルメクチンには、ヒトの細胞膜上に存在するアンジオテンシン変換酵素(ACE2)というウイルスの受容体と、SARS-CoV-2の外膜上の突起であるSタンパク質とが結合する仕組みを阻害するはたらきがあり、そのことによってCOVID-19への治療効果が得られているのではないかというものです。しかし、それは分子動力学シミュレーションとMM-PBSA法による計算を通して〝推定〟された有望な仮説のひとつなのです。

また、SARS-CoV-2が細胞内で増殖するのに不可欠なポリタンパク質を活性づけるメインプロテアーゼ(キモトリプシン様プロテアーゼ:3CLpro)のはたらきを、イベルメクチンが阻害しうるのだという実験結果もあります。その場合も、こうした作用機序を有する化合物を自然界の中から特定するために、スーパーコンピュータ(TSUBAME3.0)を使ってシミュレーションを行った結果、その有力候補として絞り込まれたのがこのイベルメクチンだったという経緯がありました。つまりそれは、内在的にではなく外在的にその効果が予想されたものだったのです。

さらに、コロナ感染時には、宿主細胞に侵入したSARS-CoV-2がみずからのタンパク質を細胞核の内側に運びいれることで、正常な抗ウイルス反応(インターフェロン放出)を阻害し、ウイルスが自由に暴れ回れる領域を広げてしまうことが分かっています。核局在化シグナルと呼ばれるアミノ酸配列の機能によって、ウイルスタンパク質の核内移送が可能になっているわけですが、この移送の役割をになうタンパク質(インポーチンα/β)のはたらきを分断する作用力が、イベルメクチンには備わっているとも見られています。

これだけではありません。マクロライド系抗生物質であるイベルメクチンには、抗炎症作用のあることが、分かってきたのです。COVID-19に感染すると、過剰なほどの腫瘍壊死因子(TNF-α)やIL—6などの炎症性サイトカインの上昇が起こり、重症化した場合にはそれがサイトカインストーム(自己免疫反応による炎症の暴走状態)を誘発して、急性呼吸促拍症候群(ARDS)という重篤な事態に発展してしまうことが知られています。そして、イベルメクチンには、そうした炎症性サイトカインの上昇を抑える鎮静効果があるとも考えられているのです。

そして、これだけのことが分かっているにもかかわらず、イベルメクチンの本当の効き目の正体が何なのかは、じつは現代の科学水準をもってしても捉えきれてはいないのです。

 イベルメクチンは、新型コロナの特効薬としては薬事承認されておりません。何故でしょうか?ある薬がある症状にじっさいに効くかどうかということと、それを特効薬として公的機関が薬事承認することとは、まったく別の手続きになります。たまたまその薬をのんだ人に効き目があったからといって、すべての人に効き目があるかどうかは分かりません。それを証明するには、非常に厳密な臨床試験の膨大な統計データが必要とされます。イベルメクチンの場合は、そうした検証のプロセスがさまざまな理由から実施することができなかったという事情がありました。従って、特効薬としての承認には至っていないのが現状です。

しかしながら、イベルメクチンが新型コロナの諸症状の緩和におおきく寄与しうると考えられる局面も多数あったのは事実であり、そのことと薬事承認されていない事実とは、このように実は矛盾しないのです。

さて、門外漢のお喋りはこのへんで切り上げておきましょう。しかしながら、私なりにこのイベルメクチンという薬を知ればしるほど、その魅力に捉えられてしまった経緯があったことは否定できません。まったく場違いな感想かもしれませんが、私にはこのイベルメクチンという薬が現代の〝魔法の薬〟なのではないかと思えてなりませんでした。なぜなら、なぜ効くのかわからないのに、なぜか効いてしまうのなら、それは〝魔法〟としか呼びようがありませんね。しばらくは私にとってイベルメクチンは夢のある現代のおとぎ話にしておきたい、そんな気がしています。

(添田馨)