1992年春10月に、南米最南端を探訪する機会がありました。訪問先の拠点は、南米最南端の街プンタ・アレナス市。年間平均気温約7度、太平洋からの偏西風がキツイこの街にも漸く春が訪れたころです。相棒のO氏とプンタ・アレナス空港に到着して直ぐに、小型の単発機(三人乗り)に乗り込み、早速マゼラン海峡を超えて東方向に向かうべく離陸しました。探検家マゼランがこの地に到着した頃、夜になると灯火が点々と見えたので、Tierra del Fuego、炎の地・炎の島と呟いたとか。極寒の地に人類が居住しているとは思えなかったのでしょう。
ここTeirra del Fuego(炎の島)は、総面積約48,000平方㌔㍍。チリとアルゼンチンに分かれています。人口は(両国で)約12万人。島自体は、台湾(約36,000平方㌔㍍)よりやや大おきめのサイズの島です。2,000㍍級の山々と氷河と大平原を抱えながら、山麓部は広大な森林に覆われているという不思議な寒冷の島です。
今回の仕事は、欧米系の某製紙会社がフエゴ島を中心とした地域の南極ブナを資源として、製紙工場の建設を狙っているとの情報を確認するためでしたが、真偽のほどを判断することが必要でした。まず事業が想定する地域に充分な資源が存在するかを評価することが、最初の一歩です。詳しい調査を待つまでもなく、空から事業予定地区を回れば、まず事業性の有無の判別は、直ぐに可能です。費用も掛からない。それに道路網はほとんど整備されていないので、空から主要な地域を眺める以外に手段がありません。そして最も安い確認手段です。
プンタ・アレナス空港から真東、アルゼンチン国境付近まで東進。そこから南に移動して、更に島の中心部の工場立地が予想される地区の上空を回れば凡その見当はつきます。3時間ほどの飛行で、必要とされる森林などの条件を確認することが出来そうでした。幸いにも天候は快晴ほぼ無風に恵まれました。
でもマゼラン海峡を越えて数分で、この島に製紙工場を建設すべきではないと相棒のO氏と共に結論しました。眼下には、南極ブナの純林が地平線まで続いています。所々に草原があり、更に純林が続いています。この寒冷の地で10Cmの高さまで成長するのに一体どれだけの時間がかかるのでしょうか。きっと20㍍の高さに届くには500年位の時間が必要なはずです。飛んでも、飛んでも美しい純林は途切れませんでした。こんな光景を、再度眺めることはできないだろう。
飛行高度は、約100㍍。空には障害物がないのでとても移動しやすい。時折川沿いに谷の上空を登ったり、降りたりします。夢心地の3時間を過ごすことができました。
結果として、工場設置を見込んでいるという地域に人家を見つけることはできませんでした。居住している人口は、ほぼゼロです。この地域なら製紙工場を四つ、五つ建設しても“資源的には”問題はなさそうです。きっと採算性も充分とれるでしょう。経済性は十分です。本格的な道路を建設し、港湾を造成するなどインフラに投資しても損は出ないでしょう。ただ、森林の再生には無限の時間が必要です。或いは、再生不可能でしょう。
皆さん、考えてみてください。南米の最南端は、南極以外では地球上の大陸の最南端です。飛行中に氷河がチラチラと視界に入ります。年間平均気温5度の極寒の土地で10Cm生長するのに3~5年も要する植物が500年も1,000年もかけて育てた森林を紙の原料にするからといって伐採できますか。この事業に対する結論を出すのに時間はかかりませんでした。当然「NO」です。危機は回避すべきものです。
10年程経ったある日、さる有力コンサルタントを通じて南米での事業に興味はないか、という照会がありました。懲りない人が随分といるものです・・・・(浜)