バナナ繊維がアバカ(マニラ麻)の代替資源になる可能性(レポート)

NPO法人非木材グリーン協会

会長・専務理事 添田馨

1.はじめに

わが国では毎日のように食されているバナナと、お札(紙幣)の製紙原料植物として知られるアバカが、おなじバショウ属の植物として互いに近縁種であることを知る人は、それほど多くはないだろう。じつはアバカ(マニラ麻)と並んで、バナナの葉繊維の製紙原料としての検討は、すでに大正2年(1913)に始まっていたとされる。(文献1)にもかかわらず、アバカは有望な製紙原料として工業生産がなされてきたのに対し、バナナのほうはもっぱら食用が主流であり、製紙原料として本格的に検討されることは現在までほとんどなかった。

本稿では、これら二つの非木材植物資源、とくにそれらがたどってきた歴史的・社会的な経過の違いを一旦わきにおいて、おもに両者の植生的あるいは物性的諸特性の面から、バナナ繊維が、今後、アバカの代替資源になりうるか否か、その可能性というものを概観してみたいと思う。

2.バナナとアバカとは親戚

バナナを知らない人はまずいないと思うが、アバカについては馴染みのない人も多いのではないだろうか。私たちの最も身近なところでは、日本銀行券つまりお札の原料が、ほかならぬこのアバカである。ほかにもアバカは紅茶などの分包に使うティーバッグや紙製のコーヒーフィルター、精密機器工場内で使われる「クリーンペーパー」さらには電気掃除機用の集塵パックなどにも利用されている。その理由としては、植物繊維としての高い強度によるところが大きい。

当協会の機関誌「ジェルバ」(2005年1・2月)では「バナナとアバカ」(門屋)と題した「資料」を掲載している(文献2)。その一部を以下に再録し、紹介する。

バナナはアバカと称する草本類と同じ仲間であり、もっぱら果実を賞味する目的で栽培され、果実採取後の残渣は殆ど廃棄されている。名古屋市立大学森島教授の調査によれば、バナナは世界123ヵ国で栽培され、年間5,800万トン生産されているが、食用に供されるほかは捨てられる運命にある。

手許の百科事典でバナナを調べると「(英banana):単子葉植物・バショウ科の大形の多年草。熱帯アジアが原産といわれ、熱帯地域などで広く栽培されている。甘蕉(かんしょう)。▽各地に多くの野生種があり、栽培品種は百数十種とも数百種ともいわれるが、食用として栽培されるものは、ふつうミバショウ・サンジャクバナナ・料理バナナの三群に大別される。

以上が「バナナ」に関する記述である。つぎに「アバカ」についての記載部分を紹介する。

アバカは国際的にはマニラ麻として知られているが、フィリピンにおける著名な輸出品目の一つである。Bicol、VisayasおよびMindanao地域で大量に生育している。アバカはバショウ科(Musaceae family)に属し、バナナと極めてよく類似している。しかし、バナナと比較するとアバカの茎は細めであり、葉の幅は狭く尖っている。葉の表面の右側にはっきりした黒い線が見られ区別は明確である。

その果実は小さく、食べられないし、たくさんの種がある。

歴史的には100年以上前からロープ製造用繊維として知られており、後に手芸用繊維、パルプや特殊紙の原料となっている。

3.大蔵省印刷局による最初の研究(1980)

手元の資料(森本「環境の21世紀に生きる非木材資源」、文献2)によると、バナナ繊維のパルプ化に関しては、過去に、「経済的にも強度的にも期待できない」(文献3)と論じたものと、反対に「かなりの強度的性質が期待できる」(文献4)と論じたものと、二種類の海外研究がありその見解は分かれていたようである。

その後、1970年代の後半になって、旧大蔵省印刷局研究所が、バナナ繊維(キャベンディッシュ種)をふくむその他のバショウ属植物繊維の製紙適性にかんする基礎研究に着手し、その結果報告をおこなった。(山崎ら「マニラ麻及びその近縁植物繊維の製紙適性」、文献5)

この報告における「1.緒言」から、本研究の意義と動機について述べた部分を、以下に引用する。

バナナの葉繊維のパルプ化に関する報告は現在まで若干あるが、その多くはソーダ法を用いたもので、アルカリ消費が多く経済的にも強度的にも期待できないとするものや、かなりの強度的性質が期待できるというものもあり、その評価が一定していない現状である。

筆者らはマニラ麻のパルプ化法を検討した結果、アルカリ性亜硫酸塩法により白色度が高く、リグニン残量少なく、叩解しやすく、ちりが少なく、強度の著しく高いパルプが製造できる条件を見いだしている。

したがって、本報ではこのパルプ化法がマニラ麻以外のMusa属植物葉繊維にも適用できるものと考え、パルプ化を行い、その製紙適性を検討した結果及び特に柔細胞含量の多かった繊維について、繊維細胞と柔細胞を分別した後柔細胞の量が製紙適性に及ぼす影響を検討した結果の双方について報告する。

ここで注意を促したいのは特にバナナ繊維のパルプ化法にかかわる情報で、「アルカリ性亜硫酸塩法」が効果的かつ効率的に、バナナ繊維の蒸解を実践できる最適な方法として言及されている点である。この報告全体はこの前提条件のもとになされているため、以後の結果報告も、すべてこの「アルカリ性亜硫酸塩法」による実験結果であることに留意する必要がある。

報告によるとこの実験は、大きく「パルプ化及び製紙適性」と「柔細胞の製紙適性に及ぼす影響」の二つのテーマ領域から構成され、前者においてはさらに「微細構造の観察」「化学組成分析」「蒸解・精選」「繊維形態の観察」「叩解」「紙料品質及び紙質の測定」といった各テーマ別に、数値データ等も合わせて詳細な内容説明がなされている。その「4.総括」から重要と思える個所を以下に抜粋する。

・マニラ麻の最適蒸解法であるアルカリ性亜硫酸塩法が、マニラ麻以外の同属植物繊維の蒸解にも十分適用できるものであることが分かった。

・パルプの白色度、粗収率及び除じん後収率は柔細胞含量及び1%水酸化ナトリウム抽出分の少ない繊維ほど高い値を示した。

・長繊維のバナナパルプでは紙料液のかくはん中に繊維のもつれが発生した。

・強度的性質については、いずれの試料も沪水時間100秒までの叩解範囲内に諸特性とも極大値を有し、マニラ麻に勝るとも劣らぬ値を示すことが分かった。

報告の最後にあるように、この時の実験においては「アルカリ性亜硫酸塩法」によるパルプ化処理を施した場合、バナナパルプ繊維の「強度的性質」は、マニラ麻(アバカ)パルプのそれと比較してもほとんど遜色がないとの結論を得ている。

4.岐阜県製品技術研究所による研究成果(2004)

バナナ繊維のパルプ化適性について、この1980年の報告内容を再度裏付けるような研究成果は、その後ながいこと現われなかった。岐阜県製品技術研究所(現 岐阜県産業技術総合センター)の美濃分室が2004年に公表した「バナナ・パイナップル繊維のパルプ化及び製紙適性に関する研究」(小川ら、文献6)は、その意味で、この問題に関する新たな知見の更新内容を含む貴重なミッションであった。

この研究の意義と動機がどこにあったのか、「1.緒言」からその該当箇所を引用する。

紙パルプ消費量の増加に伴い、原料である熱帯林の減少や地球温暖化などが問題となっている。このような現状を背景とし、農産廃棄物および非木材植物繊維を紙パルプ原料として利用することが早急の課題となっており、当分室ではこれまでにサイザル麻、ジュート麻、竹、ワラ、ケナフ等の非木材植物繊維のパルプ化について検討してきた。

(中略)

(…)本研究では常圧下でのパルプ化において二酸化塩素に代わる薬品の探索を進めるとともに、バナナおよびパイナップル繊維のパルプ化を行い、製紙原料としての適性について検討した。

この研究の目的は「バナナおよびパイナップル繊維の常圧下でのパルプ化法」の検討にあったが、これら非木材資源を「未利用植物資源の有効利用」という観点から選択している点が注目される。資源問題は、現在、気候変動や温暖化対策といった環境的テーマとすでに切り離して考えることができないからであり、この研究動機の軸足を私たちはいまも共有できる位置に立ち続けているからである。

その実験内容は、バナナ(キャベンディッシュ種)とパイナップル(スムースカイエン種)、そしてマニラ麻(JK)の三種類の非木材植物繊維をつかって、「パルプ化」「離解および叩解」「圧力蒸解」「特性値の測定」「抄紙試験」といった製紙の全行程を、研究施設内での実験テストのみならず外部の製紙会社の協力もえて、それも実機をつかって試験生産するという徹底したものだった。

特に注目したいのは、実験段階におけるその「パルプ化法」の部分である。まず、最初は脱リグニン剤として「水酸化ナトリウム」または「炭酸ナトリウム」のみをつかって煮熟(パルプ化法1)したが、パルプの収率はあがったものの(水酸化ナトリウムで40%前後、炭酸ナトリウムでは65~80%)、脱リグニン化が進まず、また大量の柔細胞のために「洗浄」も困難だったという。つぎに「水酸化ナトリウム」に加えて「過酸化水素水」と「次亜塩素酸ナトリウム溶液」をつかってみたところ(パルプ化法2)、煮熟時間は2倍になったものの、結果的に「良質なパルプ」を得ることができたのだという。(ちなみにマニラ麻(アバカ)についても同様の試験を行ったところ、「離解・叩解」まえの「煮熟」段階でのパルプ収率は70%であった。)

また、特に紙の強度にかんして新知見が報告されたことも注目に値する。「3.4 諸特性」の項から該当部分を以下に引用する。

(…)バナナパルプからは強度の高い紙が得られたのに対し、未叩解のパイナップルパルプのシート強度は弱かった。

さらに、本研究プロジェクトの最終仕上げともいうべき、外部の製紙会社のじっさいの抄紙機をつかった試験結果についても、この報告書は「3.5 実用化試験」の項で述べている。

この外部試験は、バナナおよびパイナップル繊維をつかった「パルプ化から抄紙の一連の工程」を、実機上でリアルに実践してみせたもので、過去に類例をみない貴重な実地報告である。その該当部分を以下に引用する。

(…)ここではパルプ化は液比を6、温度75℃で4時間煮熟し、収率はバナナ、パイナップルそれぞれ26.0、65.3%であった。バナナ、パイナップル繊維ともロールビーターにて離解・叩解し、丸網抄紙によりバナナ、パイナップルともに高強度の紙を得た。以上より、バナナ及びパイナップル繊維が製紙に十分適用できるものであり、新たな利用分野への開拓が期待できる。

そして、「4. まとめ」で、つぎのように結んでいる。

バナナおよびパイナップル繊維は過酸化水素水および次亜塩素酸ナトリウム溶液を含んだ水酸化ナトリウム溶液で100℃で処理することによりパルプ化が可能であった。

今回のパルプ化条件における収率はパイナップルパルプが60%あったのに対し、バナナが20%と低かった。またパイナップルペーパーは強度が弱かった。

抄紙機による試験では、いずれのパルプも抄紙が可能であった。

上にあげた「表2」のオリジナル版には、「蒸解条件」として「100℃常圧蒸解」にくわえて「165℃圧力蒸解」の数値データも併記されているが、ここでは「マニラ麻(JK)」との同条件下での比較を企図しているため、あえて省略したことをお断りしておく。

5.現時点でのまとめ

上記ふたつの文献資料から、およそ以下のことが根拠の明確な知見として抽出できると思われる。

①バナナとアバカは植生的に近縁種である。

②一定の製造条件下では、バナナパルプ繊維の強度的特性はアバカのそれとほぼ同等といえる。

③一定の製造条件下では、バナナパルプは高強度の紙の製紙適性を有するといえる。

④バナナ繊維からのバナナパルプの収率は、推計で20%から26%程度とみられる。

6.さいごに

本レポートは、過去にバナナ繊維に関して日本国内で発表された論文等を一次資料として参照し、当協会がそれを抜粋・報告するかたちに再編集したところの二次資料(ダイジェスト版)である。アバカとの対比関係において、バナナ繊維の特性等を記述するスタイルにまとめたのは、アバカがすでに国内外で広く工業的に利活用されている産業の実態があるのに対して、近縁種であるバナナについては世界中で広く栽培され、食用産品として大きな市場を占めながらも、特にその繊維成分が集中する偽茎部分については、その大部分が栽培現場にてそのまま対地還元されるにまかせてあり、衣料用繊維などに一部が転用される事例等はあるものの、製紙産業における原料パルプとしての本格的な利用については、これまでほとんど検討されてこなかった現実があったからだった。

その理由について言及した文献資料は発見できていない。一方で、バナナ繊維が集荷・流通面で「有利な立場」にあるとの言及は過去になされている。『環境の21世紀に生きる非木材資源』(森本、文献2)のなかから、その該当部分を以下に引用する。

一般にバナナ繊維は、撹拌によりもつれを発生する傾向の強いことが、実験でも確認されたが、もつれを防ぎ、抄紙性の良い紙料を得る工業的方法はマニラ麻パルプの経験で既に解明されている。また、生産現地ではバナナ茎の伐採後速やかに繊維を取出すことが、繊維利用上の鍵になると見られる。バナナは温暖の地では、放置しておくと速やかに傷んでしまうからである。マニラ麻とバナナの栽培地はオーバーラップするので、長年月を経て構築された、マニラ麻の集荷・流通ルートをフルーツバナナの場合はうまく利用していることを考えると、バナナ繊維は集荷・流通面で有利な立場にあるといえる。

今般、こうした二次資料を作成した理由は、今後ちかい将来においてこれらバナナ繊維が、先行するアバカ市場において、その代替資源になりうる潜在的可能性を踏まえ、現在までに公表されている文献資料等から、新たな非木材資源としての植生的あるいは物性的諸特性にかんする科学的かつ経験的な知見を、関連業界の事業者各位にむけて、初歩的な入門編資料としての利用に供してもらうためである。 今後、このレポートが有効に活用されることを期待したい。

【文 献】

1)       森本正和、環境の21世紀に生きる非木材資源、ユニ出版、p68 (1999)

2)       門屋卓、バナナとアバカ、ジェルバ(JELBA)、2005年1・2月号、p11(2005)

3)       A.E. Chittenden and H.E. Coomber, Paper Maker, 12 (3), 163~165 (1950)

4)       E.P. Villanueva, Forpride Digest, 1(2/3), 13~19 (1972)

5)       山崎秀彦、栗田利雄、宮崎一正、横溝秀尚、森本正和、マニラ麻及びその近縁植物繊維の製紙適性、紙パ技協誌、34(4), 299~315 (1980)

6)       小川俊彦、高田誠、佐藤幸泰、バナナ・パイナップル繊維のパルプ化及び製紙適性に関する研究、岐阜県製品技術研究所研究報告、5, 46~49 (2004)

(文責:添田馨 2024.08.13)