【今回、出会った本】
『デジタル・ファシズム』堤 未果著(NHK出版新書)2021年8月刊
私はじつはアナログな人間で、デジタルにははっきりいって疎いほうだと思っていますが、周りの生活インフラがどんどんデジタル化していくので、否応なくその波に遅れないようにと足をバタバタさせてるだけなのが正直なところです。
一般には、デジタル化イコール利便性の向上というイメージが強いのですが、しかし、社会のデジタル化には、じつはとても怖いもうひとつの顔があるから、じゅうぶんに気をつける必要があるというのが、全体を通したこの本の主張です。
ではいったい何がそんなに怖いのかというと、そのひとつの事例として、著者は、私たちのお金に対する主権がデジタル化によって消えてしまうかもしれないという、そんな身も凍るような事態、つまりまったく新しいかたちの「デジタル財産税」のことをシミュレーションしているのです。いったいどういうことなんでしょうか?
すでにニュース等で知られていることですが、2024年度に千円、五千円、一万円の紙幣が新しくなることが、それを考えるよい機会になりうると著者は言っています。
(ここから引用)
‘2024年に来るXデーをご存じだろうか?
2019年4月9日。
閣議後の記者会見の席で、麻生太郎財務大臣がある発表をした。
2014年度に、千円、五千円、一万円の3種のお札が新デザインに切り替わるという。
このニュースを聞いた時、あることを思いだしてゾッとしたという声がある。
終戦直後の1946年。日本で行われた「預金封鎖」だ。’
(第6章 お金の主権を手放すな 174~175頁)
(引用ここまで)
1946年に行われた国による「預金封鎖」には三段階あって、まず最初に予告なしに国が「預金封鎖」をする旨を国民に告知しました。それを聞いてあわてた人たちが銀行からできるだけ多く預金を引き出しに走りました。当然の動きです。すると国は、それに続いてすぐに紙幣のデザインを新しいものに変えてしまったのです。旧札で銀行預金を引き出した人たちはそれを新札に換える必要が生じてしまい、仕方なく旧札を持って銀行へ行かざるをえず、資産状況が銀行側ひいては国側にすべて知られてしまうことになったのです。
このあと、国は10万円を超える預金に財産税を課しました。財産税は資産総額が多いほど税率も高くなる仕組みでしたので、富裕層ほど高率で高額の税金を強いられ、結果的に資産家は財産を国によって没収されることとなり、そのことが財閥の解体にまで繋がっていったのです。
この時は、一ヶ月の引き出し上限額が当時の金額で300円と設定されており、銀行から自由に預金を引き出すこともままならなかったのです。戦後まもなかった当時の国側の建前は「これも全て、日本経済の復興のため」というものだったのですが…。
現在進行中のマネーのデジタル化とは、ひとくちに言えば「キャッシュレス化」ということですが、かつての「預金封鎖」による財産税の導入と同等の効果をもたらすという「デジタル財産税」というものは、果たしていかなるかたちでやって来ると想定されるのでしょうか?
(ここから引用)
‘「(デジタル)財産税など、国民の怒りを買って選挙で落選するのが怖い与党にできるわけがない」などと一笑する声もある。
だが本当にそうだろうか。
財産税は、必ずしも政府が直接手を下さなければできないわけではない。
(中略)
国がわざと市中にお金を大量に流せば、インフレが起きて国の債務はぐっと減る。
だがそんなことをしたら大ごとになるので、どこの国でもお金の供給量が増えすぎないよう、しっかり目を光らせているのだ。
たった一つの例外を除いては。
デジタルマネーが社会の隅々にまで拡がって、市中に出回るお金の量が把握しきれなくなった時、財産税徴収のチャンスがやってくる。’
(同前 179~180頁)
(引用ここまで)
デジタルマネーの氾濫が、なぜ財産税徴収のチャンスになるのでしょうか?
国は財政健全化と称して、つねに国の借金を減らしたいと思っています。インフレが進行すれば、借金はそれだけ目減りするわけですから、それは歓迎すべき事態なわけです。しかし、だからといって国が際限なくお札(日本銀行券)を発行して意図的にインフレを引き起こすような真似は、さまざまな制約があってすぐにはできません。
だから、たとえばPayPayのようなデジタルマネーがポイント給付などのかたちで現在よりも広範に世のなかに出回るようになれば、日本銀行券の発行量を増やさなくても結果としてインフレ状況がもたらされると考えられます。
そして、デジタルマネーは、実体ではなくスマホ内の仮想空間に貯まっていくだけの信号化されたお金なので、例えば現金のように個人が「タンス預金」としてこれを保蔵することができません。だから、さらにマネーのデジタル化(キャッシュレス化)が進んで、毎月の給与などもデジタルマネーで支払われるようになった場合、私たちは自分の資産状況をぜんぶオープンにされてしまい、財産税を徴収する側にとってはまことにもって好都合なのです。
むろん、これは想定される架空の物語です。著者もこのような事態が近い将来に必ず起こるなどとは言っていません。
ですが、お金のデジタル化にはキャッシュレス決済など便利な面がある一方で、こうしたリスク面もその裏側に隠されていることを知っておくことは、私たちにとって今後ますます必要になってくるのではないでしょうか。(了)
(添田馨)